音楽と楽器と人との日々です。


by yochelle
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2010年12月24日。

志村さん。


いなくなった日を基点に考えるのは嫌なんだけど、

志村さんがいたって事を考える日々のうちの1日として、書きます。


※長いのでたたみました。
本当に長くて個人的な感じです。記事アップするまで時間かかってしまってすみません・・・。










去年の今日は、フジファブリックをまだ全然知らなかった。


志村さんが亡くなったと知ったのは、サカナクションのブログ。


ブログに草刈さんが『悼』という字だけ書いていて、

私は誰かが亡くなったのだと知った。


その後、一郎さんが"一路"さんのブログじゃなく、

サカナクション全員のブログに、記事を上げているのを読んで、誰が亡くなったのか知った。



その直後にあったカウントダウンジャパンでは、

フジの時間には会場に入らなかった。

単純に友達が遅刻して。


カウダンのチケットが余っていて、私は事前にサークルの先輩にチケットを譲っていた。

会場でその先輩に会って、最後一緒に飲んだ時に、

先輩はフジファブリック目当てでチケットをもらってくれたのだと知った。

何も言えなかった。



今年2月、その先輩(=卒業生・地元富山に帰って就職&先日デートした☆)

に好きな曲を教えてくださいとメールをしたら、

曲のリストの中に、フジファブリックの『桜の季節』があった。


『桜の季節』、

聴いてみて、なんて素敵な曲なんだろうと思った。


カバーしたくて、ギターコードをコピーする事にした。

2月中、ほんとにずっと『桜の季節』だけ聴いてすごした。


ギターのアレンジに詰まると、『パッション・フルーツ』を聴いていた。

変な曲だな、でも大好きだなって思ってた。



3月、先輩が卒業する時に、『桜の季節』を弾き語りで歌った。

私の中で、アコギのアレンジが過去最高の出来だったと思う。

原曲のバンドアレンジに近づけたくて、私がアコギで出来ることは全部取り入れた。




2月は曲をひたすら聴いて、良い曲だなって思ってたけど、

3月に入ってから、志村さんという人のことを考えるようになった。

いないんだ、って。



3月の最後にライブハウスで『桜の季節』のカバーをした。


”坂の下 手を振り 別れを告げる~”の歌詞、歌っていて、

志村さんの事が頭に浮かんで、涙が出た。

声が震えて、後半ちゃんと歌えなくなって、楽屋に戻ってからショックと悔しさで床を叩いた。

伝えたかったのは曲のよさだったのに、自分でダメにしてしまったから。


この日、フジファブリック好きな後輩ちゃんが『茜色の夕日』をひとりで弾き語っていた。

『桜の季節』と『パッション・フルーツ』以外の曲を聴いたことなかったのだけど、

後輩ちゃんが歌う『茜色の夕日』を聴いて、泣いた。


この日、この後輩ちゃんとユニットを組みたくなって、彼女に声をかけた。


この後輩ちゃんとのユニット、何をやろうか考えて

初めは、フジファブリック数曲とくるり(京都の大学生)をやる予定だったけど、


フジフジ富士Qに行って、その後『MUSIC』が出て、フジファブリックの曲だけに絞ることにした。



そう、フジフジ富士Q。



行きたかったけど、チケット取れなくて、

当日はチケットなしだけど富士急ハイランドには行こうと思っていたら、


ライブ前日に、チケット譲ってくださる方に出会ったんだ。

初めて会う方だったけど、当日は隣の席同士、たくさん泣いたりした。





フジフジ富士Qは、一生忘れられないライブになった。




このライブで、志村さん、本当にいないんだなって、思ったんだ。




最後に流れた、CD音源の『若者のすべて』、志村さんの声だった。

一番聴きたいのは、志村さんの声だったよ。

今でも、一番聴きたいのは志村さんの歌声だ。


フジQの帰りはその方に車で送ってもらって、ずーっとフジの話をした。






8月、ライジングサンから帰ってきたら、弟がいつの間にかフジファブリックにはまってた。

『TAIFU』がお気に入りだって。

そこから、気がつくと家で弟がフジファブリックの曲をギターで弾いてる、

というのが日常になった。


8月は、またライブハウスに出る機会があった。

スコールといういつものユニットで。

このとき、相方にハモりを入れてもらって、また『桜の季節』をやった。


ハモってもらうのと、いろいろ緊張で、この日は泣かないで歌えた。

終わってから、初めて会う子に『桜の季節』のことについて話しかけられた。

音楽好きが集まったら、絶対に1人はフジ好きな子がいるんだなって思った。



夏からだんだん、弟がフジファブリックの曲の宅録をやりだした。

ドラムと鍵盤を打ち込みでやって、

ギターとベースを自分で弾いて録音してた。


だから、わが家の中は、ずっとフジの曲が鳴ってたんだ。



11月。

最後の学祭。

フジ好きな後輩ちゃんと”コニファーグラス”というユニットを組んで、

・MUSIC
・赤黄色の金木犀
・若者のすべて
・茜色の夕日

を、

私はソロで、

・バウムクーヘン
・桜の季節

をカバーした。


フジを知らなかった後輩の子たちが、

学祭が終わって、「フジファブリック聴いてみたくなった」って言ってくれて、

それが一番嬉しかった。




それから、12月。

20日に、ソロでライブハウスに出ることにした。

24日になる前に、自分の中の志村さんと向き合いたいと思って。


初めてオリジナルの曲を作った。

志村さんのことを想って、詞を書いた。


完成した曲のコード進行が変って言われたのも、志村さんのせいかな、なんて。

なんてね、思ってた・・・まいったな。


セットリストは

SE: Cheese Burger

・桜の季節
・パトリシア(the pillows)
・see moon(オリジナル曲)
・シェリー


ノドの調子が悪かったけど、『桜の季節』は泣かずにしっかり歌えた。

終わってからライブハウスの店長さんに、「フジファブリック好きなんだね」って言われた。


この日は、富山に住むフジ好きな先輩が来てくれるって知らなかったけど、

『桜の季節』をやって、先輩が聴けてよかったって言ってくれた。


アンケートを書いてもらったら、

学祭のときに「フジ聴いてみたくなった」って言ってた後輩たちが、

「最近、フジファブリック聴いてますよ」って書いてくれてて、

本当に本当に嬉しくなった。





去年の12月24日、私はフジファブリックを知らなくて、

でも、出会えて、

この1年は、フジファブリック一色だったと思う。


夢にも、本当にたくさん志村さんが出てきて、

悲しい夢もあったけど、

嬉しかった。



フジのおかげで新しく出会った人たち、みんな素敵な人ばかりだった。



書ききれてない事がまだたくさんあるけど、


志村さん、大好きです。



・・・いつも、”ダイちゃんが好きだ!!!!!”って言ってるけどね。


フジファブリックが好きです。



きっと、これからもずーっと志村さんのこと考えながら、私は歳を取っていくんだろうな。

でも、出会えてよかったよ。

本当に。

ありがとう。















最後に、12月20日に歌ったオリジナル曲の歌詞を載せておきます。



『see moon』

気がつけば薄くなってるカレンダー 長い1日 短い1年
君がいた去年の今日は何もかも 君の音楽をまだ知らずにいた

この1年は私 何していたっけなぁ
君の歌 うたってたな アコギ鳴らして

「なんで、どうして」って考えても 涙が出るだけさ 
忘れないよ
君がどこにいても
会える日まで 笑顔で過ごすよ

「なんで、どうして」って考えても 涙が出るだけさ
大好きだよ
君がどこにいても
会える日まで 笑顔で過ごすよ

気がつけば薄くなってるカレンダー
この1年は君と過ごした日々だった




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by yochelle | 2010-12-24 21:05 | フジとフジQと志村さん